コーディ:こんにちは、デイヴィッド。

 

デイヴィッド:こんにちは、コーディ。

 

コーディ:シェアしたいことがあります。このところずっと、奇跡を体験することに対して恐れがあります。そして僕は奇跡に値しないと感じています。奇跡は起こるのですが、空虚さというかなんというか、見ることに恐れを感じる何かがあります。それについて話してもらえませんか?

 

デイヴィッド:うん、そうだね。人生の中で奇跡を体験し始めたとき、みんなが通る道だね。奇跡は驚くようなことだし、今まで体験してきたことを完全に超越している。恐れは、自分にはその価値がないという思い込みから来ている。奇跡を見て、それを完全に受け取り、そこに加わる価値が自分にはないという感じだ。深く根差した無価値感で、どういうわけか、僕たちはそんな愛を受け取る価値がないと思っている。

 

この長年で、僕はたくさんの人たちと一緒に働いたけど、その中の友人のひとりがキャシー・マーティンだ。キャシーは僕と5年ぐらい一緒に働いた。僕が南米に行ったとき、キャシーが足をくじいたとかで、電話で話したんだ。彼女は「ああもう、この無価値感というものは本当に根深いわね」とだけ言った。

 

僕たちが身体の怪我と呼ぶものや、心理的な苦しみや痛みは、すべて根っこにある無価値という信念から枝分かれしたものだ。だからこそ、僕たちは奇跡にその無価値感を洗い流してもらう必要がある。僕たちには新しい体験が必要なんだ。限定的で無価値な自分という自己概念を覆すような体験だ。

 

この世界の中で僕たちが怖いと思っていることがあるのも事実だ。人間関係とか性的な親密さが怖いと話す人びともいる。でもそうじゃない。恐れているのは、仮面を取ることなんだ。仮面が完全に剥がれ落ちたときに経験することを恐れている。自分の力を恐れているんだ。僕たちのマインドの力を恐れている。思考の力を恐れるのは、自分の力を間違って使って、間違った創造をしてしまったという、根深い信念からきている。力を間違って使ったと信じることは、ものすごく恐ろしい体験だったんだ。だから僕たちは、それを意識から追い出し、もう二度と力を持たない、もう二度と真の自己やその 偉大さを知ることはない、と言った。

 

エゴは、だよね!と言う。君は小さくてもいいんだよ。どうやったら上手いこと小さくしていられるか教えてあげる、と言う。エゴは君が卑小さの中でビッグに振る舞っても気にしない。例えば、有名な人になって自分がビッグになったと思ったとしても、君はまだビッグスモール(卑小なビッグ)だ。君がビッグな人で、有名人で、憧れの人で、尊敬される人で、称賛される人でも、エゴは、いいね、いいね、君は今ビッグスモールだね、という感じだ。単なる間違えやすい組み合わせだね。

 

結局のところ、だから君はここ(このリトリート)に来たんだよコーディ。その無価値感を出すために来たんだ。僕たちは人間関係と、親密な関係に対する恐れを話したけれど、結局のところそこから恐れが来ているんだ。なぜなら、スピリットが使う関係性に君がオープンになったときは、君がエゴの終わりにオープンになったときだからだ。君が人間関係をスピリットに委ねて、スピリットの目的のためにそれを使わせたら、もうエゴは防衛できない。これは、最短距離の近道だよ。目覚めへのものすごい近道はこれだ。

 

僕たちがこのことを話したとき、エゴが待て待て!と反応したことからも、これが近道だということが分かるよね。ネリー、そんなところへ近づいちゃいけないってね。でも、それが全てなんだ。恐れはただの無価値感だ。僕の仕事は、みんなに価値があることを思い出させることだよ。僕はいつでもそれができる。最高の仕事だ。すごく楽しいよ。

著者について

David Hoffmeister

コメント

コメントするには会員登録する必要があります。会員ではありませんか?

Login or 会員登録する